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【茨城県稲敷郡】木原城趾公園

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木原城趾公園 ワンデさん 2024年4月、茨城県稲敷郡美浦村にある「木原城趾公園」を訪れました。その歴史も長く、さらにはたくさんのチューリップと八重桜が咲き誇る美しい公園でした。   1. 木原城址公園とは 1-1. 歴史的な遺産としての位置づけ  木原城趾公園は、茨城県稲敷郡美浦村に位置する歴史的な遺跡です。 この公園は、かつて木原城、または神越城として知られた城址を保護・保存しています。歴史的な意義を持つ場所として、多くの観光客や歴史愛好者が訪れています。  土岐市の家臣である近藤氏の居城とされますが、築城については直接的な史料が極めて少なく、不明な点も多いミステリアスな魅力もある史跡です。 1-2. 城址の特徴と標高の変化  木原城址公園にある案内板 木原城趾は、標高の変化によって特徴づけられています。 城址は丘陵地に位置しており、展望台からは周囲の風景を一望できます。面白いことに三の丸、二の丸、本丸と中心的部分に向かうにつれて標高が低くなるという特徴があります。また、城址の地形や遺構は、築城当時の様子を想像させる貴重な資料となっています。 公園の入り口は左右がこのように深くなっています。堀の跡でしょうか。 また木原城趾は、日本最大の湖である霞ヶ浦の南岸に位置しています。 霞ヶ浦が現在の形になったのは、江戸時代の利根川東遷以降、河川由来の土砂が流れ込んできた以降のものであり、かつては今よりも大きな湖でした。 今から1000年ほど前には『香取海』と呼ばれ、海水も流れ込むほどの大きな内海でしたので、築城当時はまだその名残も残っており、この地域は水運も大いに利用されて栄えたのだろうと考えられます。 これも城址の位置が戦略的に選ばれた理由の一つだったのではないでしょうか。  1-3. 発掘調査の成果  木原城址公園案内板 近年、木原城趾の発掘調査が行われ、城址から多くの遺物や遺構が発見されています。これらの成果は、歴史研究や教育に貢献しています。 花壇の通路にある案内板 木原城址公園内の案内板によると、弥生~古墳時代の環濠がもととも存在していたところ、室町時代にさらにそれに交わる形で古い堀、新しい堀が造られたとのこと。 どうやらチューリップ畑の間にあるこの位置がそれにあたるよう。 まったく知らずに弥生~古墳、...

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